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ーようこそ、World Music Barへ。ー

暑さが静かに落ち着きを見せる時間、街には涼やかな夜の気配が漂いはじめます。
ビルの谷間を抜ける風の香りに、ふと昔の夏がよみがえる——そんな瞬間、音楽はそっとあなたの記憶に寄り添います。
今夜も、季節の移ろいとともに素敵なTrackをご用意して、お客様をお待ちしておりました。
冷たいグラスを片手に、音に身を委ねて、あの日の感情をそっと手繰り寄せてみませんか。
今宵ご紹介するのは、稲垣潤一さんの名曲「夏のクラクション」
ひと夏の思い出にそっと心が高ぶる、切ないあの旋律です。

📖 目次
  1. 稲垣潤一の歌う季節と時間のドラマ
  2. 制作背景と楽曲構成──“夏のクラクション”
  3. City Popと夏──1983年の風景
  4. おわりに

稲垣潤一さんは1953年生まれのシンガーとして、1982年にメジャーデビューされて以来、AORやCity Popの先駆者として独自の世界観を築いてこられました。
春夏秋冬のそれぞれの季節を背景に、夜の静寂、雨や夕暮れ、海や太陽などの時間の経過とともに変わりゆく日々の情景の中で、都会の喧騒の中で生きる人々の心の想いを情感溢れる歌声で紡ぎ出してきました。
City Popというジャンルを築き上げたアーティストの一人として、当時の日本のポップスシーンに新風を吹き込んだと言えます。

歌手だけでなく、ドラマーでもある稲垣さんですが、自ら作詞・作曲を手がけることはほとんどありません。
信頼する作詞家・作曲家が提供する楽曲を、自身の声とアレンジで磨き上げることで、歌詞と旋律のストーリーを際立たせてこられました。
歌手としての表現力に徹するその姿勢こそが、多くのリスナーに支持される最大の理由ではないでしょうか。

一度聴いたら忘れられない、美しいフレーズをもつヒット曲がたくさんあります。
1982年に発売されたデビューアルバムである「246:3AM」は、曲のタイトルを見ただけでも、アルバムのコンセプトやUrban Likeな雰囲気が伝わってきます。
今聴いても、新しくてとてもお洒落な作品ばかりです。こちらも是非お聴きくださいね。

2. 制作背景と楽曲構成──“夏のクラクション”

1983年7月21日、EXPRESSレーベルからリリースされた「夏のクラクション」は、富士フイルムのカーステレオ用カセットテープ「GT-I」のCMソングとして起用され、幅広い層に知られることとなりました。
作詞を売野雅勇さん、作曲を筒美京平さん、編曲を井上鑑さんが担当しています。
本楽曲のタイトル「夏のクラクション」は、売野さんが過去に別のアーティスト向けに制作した未使用作品から再利用したもので、強い愛着を持っていた言葉だったとされています。
歌詞の構想は、映画『アメリカン・グラフィティ』のラストシーンに着想を得ており、車のクラクションが残す余韻や、夏の終わりの寂しさをテーマにしています。
ボーカル収録においては、稲垣潤一さんが100回以上のテイクを重ね、サビの印象的な抑揚を追求したとされています。
「夏のぉぉぉ~クラクション」というフレーズは本人の発案で、楽曲全体の情緒を象徴する要素となりました。
彼のハイトーンかつ透明感のある声質が、詞とメロディのセンチメンタルな空気を一層引き立てています。

Intro部分では、エレクトリックピアノとギターの柔らかな響きが丁寧に重なり、夏の夕暮れの温度感や情景を静かに描き出します。
音数を抑えたアレンジにより、聴き手を無言で情景に誘うような、印象的な導入となっています。
そして、Introの背景には、主にコードを背景でじんわりと支える”パッド”が導入されていて、やわらかでしっとりとした夏の空気感をイメージさせています。

楽曲はGメジャーを基調としており、Em7、Bm7、A7、Cm6などを含むコード進行が使用されています。
特にテンションコードの使い方が洗練されており、AOR的で都会的な響きを形成しています。
構成はIntro・Aメロ・Bメロ・サビ・間奏・2番・サビ・ブリッジ・サビ・Outroという流れで、サビの繰り返しによって感情の高まりが自然に表現されています。 そして、ブリッジでは孤独な夏の情景が描かれ、エンディングに向けてドラマティックな展開を後押ししています。 この部分は、個人的にも好きな部分であり、筒美京平さんの構成力に感嘆します。

井上鑑さんによるアレンジは、エレクトリックピアノやストリングスなどのサウンドを効果的に配し、季節の移ろいや空気感を音で描くことに成功しています。
全体を通じて「夏のクラクション」は、80年代の都市型サウンドと日本独自の叙情性が融合した楽曲として、今も高く評価されています。

3. City Popと夏──1983年の風景

1983年の日本の夏は、FMラジオから流れるCity Popのきらめきに彩られていました。
稲垣潤一さんの「夏のクラクション」は、まさにその季節と時代の空気を閉じ込めたような楽曲です。
この年の東京では、急速に成長する都市の鼓動と、新しい文化やライフスタイルの変化によって、人々の高揚した雰囲気が漂っていました。
しかしそのような中だからこそ、人々は未来への期待感と同時に、どこか不安定な気配を感じていたように思います。
そうした空気の中でCity Popという音楽が生まれ、都会の孤独や儚い逃避願望を、洗練されたサウンドと詩的な詞によって鮮やかに描き出し、一つの文化として広まっていったのです。

「夏のクラクション」が描くのは、午後の光が沈む頃、ビルの谷間に少しだけ残る静けさや、都市の日常に潜む感情の揺らぎです。
その音作りには、AOR的な透明感と柔らかさがあり、語りすぎないことで、かえって聴き手の記憶を刺激する余白を残しています。

そもそもCity Popは、日本的なAORの解釈とも言われています。
アダルト・オリエンテッド・ロック(AOR)が持つ都会的で洗練された音響構造は、City Popの基盤となっており、両者は1970年代後半から1980年代初頭にかけて密接に混ざり合いながら発展しました。
そのため、当時流れていたCity Popの多くは、AOR的なコード進行やアンサンブル重視の構成を備えており、都市生活の質感を音で描くという点で共通しています。

都会の喧騒から離れ、カセットテープの回転音とともに、部屋の片隅で流れていたCity Popは、都市生活における少しの解放と、時の刻みを音で表現するメディウム(medium)として機能していました。
1983年の夏は、その音の構造自体が都会の風景の一部だったのかもしれません。

4. おわりに

今夜もWorld Music Barに足を運んでいただき、ありがとうございました。
「夏のクラクション」が描くのは、愛する人への想いや己の中の感情、そしてひとときの夏の風景です。
その切なさが、City Popという枠を越えて、今も多くの人の記憶に静かに響いていることを感じさせてくれる一曲でした。
City Popという言葉にとらわれることなく、時代を越えて響き続けるその音のあり方に、少しでも触れていただけたなら嬉しく思います。

音楽は、季節と時間の中で、いつも誰かに寄り添ってくれています。
夏休みを過ごされている方も、お仕事を頑張っていらっしゃる方も、お身体にはくれぐれもお気をつけてお過ごしください。
そして、このキラキラした素敵な季節、お客様を笑顔にしてくれますように。
またのご来店を、心よりお待ちしております。

Wishing you a beautiful summer, wherever the season finds you.

静かな夜のひととき、今夜また、音のそばで。

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投稿者

店主

On Bass, Writer, Radio DJ, Health Rhythm Counselor, Life Rhythm Advisor

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